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〜 随 筆 〜


忘れえぬ患者 

出典:ALPHA CULB(1997年)より


私は、秘蔵の油絵を持っています。水野富美夫画伯が描いた「エチオピアの婦人たち」の姿で、素足の3人の婦人たちの瞳が褐色の肌に映えて、素晴しい魅力があります。

外務省の仕事で、エチオピアに出張した私は、1人の白髪まじりの男性に声をかけられました。「ぜひ、診察をして欲しい人がいるのです。なんとかお願いできませんか?」その方は、日本を捨てエチオピアに30年も住んでいる水野という有名な画家だったのです。

私は、首都アジスアベバから車で少し走り、物置小屋みたいな民家に連れていかれました。電気も水道も無い見窄らしい小屋。その暗がりの中に、1人の中年の女性が高熱で寝ていました。肺炎でした。痩せていましたが、美しい大きな瞳。

その瞳は、暗やみの中でキラリと輝いていました。その時の光景を、私は今でも忘れることが出来ません。その女性こそ、画伯をエチオピアのとりこにした「アスナゲティ」という名の婦人だったのです。その時の往診のお礼に頂いたのが、この油絵です。

水野画伯は、その当時、すでに呼吸が荒く、私の診たてでは、心臓病が進んでいるようでした。「一緒に日本に帰りましょう。そして、心臓の手術を受けたらどうですか?」画伯は私の目をジッと見つめ、こう言いました。「私は今が一番楽しいんです、、、」。

水野画伯は76歳で、ケニアの首都ナイロビで亡くなりました。朝日新聞社の、今は亡き伊藤正孝記者に言わせると、水野画伯は「日本のゴーギャン」だそうです。エチオピアの女性を描き続け、私たち日本人の持つ「暗黒大陸アフリカ」という悪いイメージを塗り替えた、「偉大なる画家」だったと思います。

忍びよる病魔を知りながら、アフリカの大地で生きた画伯のあの時の言葉が、今の私には理解できるようになりました。     


代表医:大利 昌久


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