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〜 随 筆 〜
中国 奇談 珍談
出典 日本医事新報
No,3904(1999)
中国は今や躍進している。驚くほど急速に変貌をとげつつある。林立する高層ビルもさることながら、町全体が生き物のように動いている印象をうける。
20年前の中国は人民服だらけだった。しかし、その当時すでにカラフルな下着を“鎧”の下につけていたのだ。出窓狭しと干してある色とりどりの洗濯物を見れば容易に想像できた。それは、中国人の隠されたエネルギーの存在を象徴するものといえる。そのエネルギーが、今や爆発しているのだ。
1998年9月、約3週間、私は中国南部に滞在、この間に見たり聞いたりした最新の奇談、珍談をご紹介しよう。
医院は病院
中国では病院のことを「医院」という。今回観察した21の病院は、「軍」「省」「人民」「大学付属」などの800〜1400床の大病院ばかりだった。広東省および福建省の病院は、想像していたより設備が整っていて驚いた。CT、MRIは勿論のこと、ECT、スパイラルCT、X-ナイフ、ガンマーナイフ、賢結石破砕装置など高度衣料機器を装備し、若い医師がたくさんいて、英語を話す医師も多かった。このままだと「規制だらけの日本の医療」は取り残されるのではないか。一瞬、不安な気持ちになった。
ところで、私の名字の「大利」は中国読みで「タアリー」という。これは「大富豪」を意味するらしい。それに、名刺の肩書きは「医院院長」なので、中国では「大病院の院長」と誤解される。それで、「先生の病院にはヘリカルCTありますか」とか「病床は2000床くらいですか」などと聞かれる。
”日の丸”を意識しながら医療視察団の代表としては、この種の質問は全く困るのだ。嘘も言えないし、相手の推測を著しく損ねるのも問題なのだ。それで、ついつい「とんでもない(これは、自分としては全て否定しているのだ)、近代的な病院を見て感心しているところですよ。実にすばらしい!」と答えてしまう。とても「病室は19床の有床診療所、急性期病床か慢性期病床かで翻弄されている、しがない病院です」なんて、言えません!そんなことを言えば、プライドの高い”高級通訳”の女性も、われわれを見捨てて、次の日から姿を消すかもしれないのだ。
宴席になると、その誤解ぶりがはっきりと分かる。貴賓席に座らされ、料理も一番先に運ばれる。私が箸を進めないと、皆、進まない。ある時、カニ料理が出され、私の皿にカニの甲羅がのせられた。主賓に”カブト”を、というもてなしであろう。そして、皆は長い足を・・・。ところがである。私はカニが嫌いなのだ。それどころか、カニアレルギーがある。そこで、隣のK氏に、そっと、「これ食べてよ」。彼は確かに私のカニを見た。
「先生、それは先生の特別の分だからダメですよ」
「だって・・・、そんなに遠慮することなよ、そっちのほうに皿をっ引っ張ればいいんだよ」
その後は乾杯の嵐。何回も立ち上がって乾杯を繰り返す。そのうち私の”カニ恐怖症”もうすれ、ほろ酔い気分になって、気が付くと、私の目の前からカニの姿は消えていた。果たして何処に?
シャブシャブ
亜熱帯気候の広東省は、毎年洪水にみまわれる。1998年は南の仏山市でコレラが流行。広州市衛生局は「9月までナマモノ禁止令」を公布した。広州市日本国領事館で確かめたところ、「異例の通達であり、初めてのこと」なので、「コレラ以外の感染症、例えば病原性大腸菌などの流行も推測される」という。私の印象では、中国も欧米並に感染症対策に本格的に乗り出しているという好印象を得た。
さて、この禁止令で打撃をうけたのが日本料理店。特に”刺身”。そこで考え出したのが、”シャブシャブ刺身”というスタイル。なるほど、一度みておこうと、有名な日本料理店に案内してもらった。「何もありませんがマグロならあるヨ」というわけで、お座敷に。なんということはない、おいしそうなマグロが大根の千切りにうずもれて出てきた。しかし、熱湯がない。和服姿の中国人女性に尋ねると、「日本人は勇気あるネ。生のまま食べる。だから」という。熱帯医学専門医としては、恐る恐るというのが本音。とうとう高価なマグロを食べ残してしまった。残念。”シャブシャブ刺身”とは、禁止令を逃れるための中国人のすばらしい(?)アイデアだと思う。実にたくましい。
トイレ
中国のトイレ事情は、知る人ぞ知る「悪玉」である。オリンピックが中国で開催されないのは、このトイレ事情が原因とも言われる。
福州市で日本企業の駐在婦人に集まってもらい、医療懇談会を開催した。婦人たちが一番困るのは買い物先でのトイレだという。水洗トイレもだいぶ普及してきたものの、街中ではトイレに紙を捨ててはいけないことになっている。見つかったら大声で怒鳴られる。なぜかというと、水圧が弱く紙が詰まり、今し方落としたばかりの糞とともに水があふれ、店の廊下のほうにまで流れ出す。たいてい、手の届くところにくず箱がおいてあり、そこに紙を投げ入れる。私もスーパーマーケットで見たが、確かに前の人の糞尿のついた紙がたくさん入っていた。
最悪の場合は街中の公衆トイレに駆け込むことになるが、糞便の臭いが強く、私など気絶しそうだった。東莞市の有名な可園。多くの観光客が訪れる。しかし、そこのトイレもひどいものであった。
ある婦人の話。「私がトイレに駆け込むと、先に中国人がしゃがんで排尿中。トイレには仕切りがなく、前の女性のまるこいお尻が丸見え。スーッと出て行った後にまた人が入ってきて、なんと、どう血迷ったのか(?)、それが当たり前なのか(?)、私のほうを向いてパンツを脱いだんですよ」。
その話を聞いて男を忘れていた私は、にわかに興味が湧いて来た。「その時、見えたんですか」と、思わず聞いてしまったのだー。「はい、バッチリですよ」「中国人もあなたを見てた?」「はい、見られたと思います」。日本から来た視察団の代表ともあろう私が、ついつい・・・。助平・・・、猛烈反省。それにしても、中国人の羞恥心の感覚はどうなっているのだろう?
金銭感覚
タクシーに乗った。ちゃんとメーターもあり、日本の雲助タクシーより安全だ。助手席のK氏が、「お釣が余分に来た」と言って返した。運転手は「イイヨ」という素振り。ある時は少しだが余分にとられたという。督促したら、お釣がないらしい。悪ぴれた様子もない。中国人の大陸的な感覚を肌に感じた。金は天下の回りものという気持ちらしい。
そうそう、「1点10円に泣く」なんて、どこの人種だったっけ。帰国したら、悪夢のレセプトが待っている。アア・・・。
蜘蛛がいない
中国では今、どんどん山や丘を削り、造成しているため、緑が少ない。そのせいでもあるまいが、小鳥が飛んでいない。そして犬も猫もあまり見かけない。それに、海外出張のたびに楽しみに写真を撮っている、あの蜘蛛がいないのだ。蜘蛛学者?の私としては実に残念。それにしても、人間以外の生物は一体どこに行ったんだろう。あらゆる食財があるとう広州市の「清平市場」を見学した。小さな路地にびっしりと屋台が並び、足を踏み入れたとたん異様な臭いがした。それは、どちらかと言えば漢方薬の臭いに近かった。果たして何を売っているのだろうか。
午前中なのに薄暗く、裸電球があちこちにぶら下がっていて辛うじて見える店頭の品物は、なんと乾物ばかり。そして、意外なものを見た。ムカデの脚を切り落として100匹くらいを束ねたものであった。蜘蛛は好きだが、ムカデは私の天敵である。まずゾッとした。それからトカゲ、カエル、サソリ、ネズミ、ヘビ、ハト、ウサギ、犬、猫、それにゴキブリも・・・。
それじゃ蜘蛛も干物で売っているのでは?路地のすみずみまで探したが、残念というか、蜘蛛の干物はなかったのである。カンボジアでは、大型のタランチュラを貴重なタンパク源として”缶詰”で売っているが、さすがの中国人も蜘蛛には食欲が湧かないらしい。
出張中は当然のことながら中華料理の毎日だった。食材マーケットの強烈な印象があったせいか、スープを飲むのにも恐る恐る上澄みばかり。スープの底から必ず得体の知れない骨片や肉片が出てくるのだ。私が大騒ぎするので、同席のN氏は、「先生、それ、ハトの脚ですよ」なんて簡単に言う。ある時はカエルの頭だと主張する。
中華料理通のN氏は、とてもおいしそうに食べていて、結構楽しそうだった。日本では何を食べているのだろう?まさか、中華料理ばかりじゃないだろうに。私には官僚出身のN氏が不思議な存在に思えた。
「食は広州にあり」なんて誰が言い出したんだろう。「ゲテモノは広州にあり」だね。私の正直な感想である。
救急システム
広東省の広州市、福建省の福州市には、救急システムが日本並に成長しつつある。110番をかければ救急車が来る。大病院にも救急システムセンターがあり、専属の担当者が24時間勤務。自前の救急車も持っていた。
「これなら安心だね」と思うのは早合点。なぜなら、道路事情が悪いのだ。救急車が出動しても、まず、道をあけるなんて習慣がない。ラッシュ時にぶつかると助かる命も助からないというのが現実のようだ。「衛生局にあげて10分以内に現場に」という掛け声も、圧倒的な人、自転車、バイク、車の群れにはかなわない。
在留邦人がこれを利用できないのは、言葉の問題だという。日本語がまったく通じないし、英語もだめ。ある時は、何度もかけたため犯罪発生と間違えられ、公安の車が飛んできたそうだ。
それにしても、人の命は安いようだ。高速道路で事故が起こり、かなりの重症者がいても救急車が来ない。公安の車が現場検証のために来ても、公安が重症者を選ぶことはない。そのまま道路に投げ出されたまま絶命することになる。なんと無情なことか!長期滞在の邦人の話では、日常茶飯事のことで、あまり驚かなくなったそうだ。ある時は、朝、転がっていた死体が夕方まで筵もかけずにおいてあったという。広東省だけでも人口6600万人だという。少々の人が亡くなっても、あまり関心がないのかもしれない。
海外邦人医療基金の要請で時々中国の病院および医療事情の調査を行っている。上海、大運に次いで今回は広東省および福建省に3週間出張した。中華料理は嫌いだが、中国がすっかり好きになった。
(海外邦人医療基金運営委員)
代表医:大利 昌久
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