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2003年2月、劇症肝炎で意識不明の55才の男子邦人の救急搬送のために中国、大連から関西空港にチャーター便で飛んだ。
その時の、医療支援会社ウェルビーの呈華看護師(中国人)の何気ない会話「先生、広東省で肺炎アルヨ!!少し変だよ」これが、後日、世界を振感させた、SARSだったのである。この情報を得た日本人医師は、恐らく私が最初だったと思う。しかし、その時は、「インフルエンザだよ」と気にもしていなかった。
2003年3月。日本医師会主催の市民公開講座で「海外旅行と感染症」のシンポジウムを開催。会場から、「中国南部で肺炎が流行しているが、これは、一体なんでしょうか」と言う質問があった。その人は、中国広東省から帰国したばかり日本の企業人だった。その表情は、深刻だったこともあり、数年前、マレーシアでニパウイルスと言う新しい病気に遭遇した経験から、私は、これは、「ひょっとして全く新しい病気」ではないかと考えた。
私の直感はあたり、SARSという新興感染症の発生だったのである。当然のことながら私は、自分の生命もかえりみず、渦中の中国大陸に5回も入ったのである。香港のメトロポリタンホテルを舞台に感染したSARSは、航空機による患者の移動とともにハノイ、シンガポール、トロントに急速に広がった。このSARSで、実に8000人以上が感染し、831人が死亡した。
2004年12月スマトラ沖地震が発生。津波により、500万人以上が被災し、30万人の命がうばわれた。そのため日本医師会感染症危機管理対策委員の立場で、長崎大学熱帯医学研究所の国井修教授らを隊員につのり、総勢11名で、現地調査を行った。隊員は、4班にわかれセイロン島の東地区、南地区、北部地区などに入り、感染症の実状と、地震・津波による健康被害の現状把握。地震、津波、災害などの危機管理対応の研究をおこなった。
おわりに
今、私は、富士山と海と温泉が近い神奈川県足柄上郡山北町で
内科を開業。地域医療の他、海外からの医療相談を兼ね、いまだに海外医療の仕事を続けている。遠くはアフリカ、ロシア、中近東、近くはアジア地域、特に中国に出張を重ねている。2001年9月11日の米国同時多発テロの時は、隣の国韓国で、三星ソウル病院。ソウル中失病院など韓国のが誇る巨大病院の調査を兼ね、在留邦人の医療事情を調査中だった。また、海外からの医師や看護婦を受け入れ、日本での研修の場を提供し、2007年度で10年目に入る。
さらに在留邦人医療とは逆に、日本に来る外国人が500万を越えることから、最近では、外国人のための医療援助にも乗り出した。そして、2001年10月、内閣府の許可を得て、「国際保健協会」(NPO)を設立させた。
以上が私の国際保健医療との関わりである。この道45年、「いつも心はボランティア」の精神が、多くの理解者を得ることを知った。決して1人で出来る仕事ではないが、国際保健医療のために自分に何が出来るか?ちょっとしたことでも良い、出来るものから取り掛かる勇気が必要である。
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