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重症急性呼吸器症候群(SARS)について
見えてきた「謎の肺炎」
〜SARSを追って〜
大利昌久 H15.05.20(著)
はじめに
「先生、広東省で肺炎アルヨ!!流行アルヨ!!」「肺炎が流行してるということだね。それ、インフルエンザじゃないの」。
1月24日、重症劇症肝炎の日本人患者(55歳)をチャーター便で、大連から関空に搬送した時の中国人看護婦、呈さんとのなにげない会話。気にもしていなかった。それが、なんと世界中に恐怖を与えた。謎の肺炎の始まりだった。しかも、私自身がSARSに関わるとは、夢にも思っていなかった。
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日本の動き
3月9日、日本医師会主催、NHK及び読売新聞社後援で、「海外旅行と感染症」のシンポジウムを開催した。講師は、岩本愛吉教授(東京大学医科学研究所)、木村幹男先生(国立感染症研究所感染症情報センター室長)、甲斐明美先生(東京都立衛生研究所微生物部)と私の4人だった。
シンポジウム終了後、フロアから鋭い質問が。「中国南部に肺炎が流行しているが、あれは一体何ですか」という内容だった。シンポジストの先生方は、この時点で、あまり知らないようだった。私は、すぐにピンと来た。すでに肺炎の存在を1月に聞いていたからだ。これは、ただならぬ「新しい病気」かも。4年前、マレーシアに出張中、突然遭遇した、ニパ・ウイルスが頭をかすめた。
3月12日、日本医師会危機管理対策室にオブザーバーで呼ばれた。SARSのことではなく、「海外旅行必携ハンドブック」を日本医師会から出版したからだ。帰路、専門家の先生方と、この肺炎について話をした。「きっと、新しい新興感染症の登場なのだ」、と。その時、すでに謎の肺炎は中国ばかりでなく、ハノイでも発生。香港を旅行した中国系米国人が体調不良でハノイの病院に入院。その後、患者に接した医療関係者ら40人近くが感染していたのである。
WHOは、当12日、原因不明の肺炎が集団発生し、ベトナム(ハノイ)で20人、香港で23人が入院中であると発表。医療関係者の発病が多いことから、異例の警告を発した。この報告を受け、早くも日本の厚生労働省は、14日、都道府県や医師会に情報を流した。すでに日本の感染症の専門家は動き出していたのである。
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香港からの緊急医療相談
3月24日、23日入院した5歳男児のことで緊急相談が入った。
「駐在員の息子さんが肺炎にて緊急入院。クリニックを受診するも、非典型性肺炎(AP)の診断にて、クイーン・メアリー病院に転院となり、呼吸困難のため人工呼吸を受けている。治療内容はステロイド及びリバビリン」とのこと。相談は、「このまま現地で治療を受けるより、日本に帰って治療を受けたいがどうしたらよいか」という内容だった。相手は、大企業の駐在員の家族だった。
私は、
「1.肺炎なので移動するより治療を継続すること。2.日本ではまだ、情報収集の段階なので、SARSの治療を手がけた日本人医師はいない。たくさん手がけているクイーン・メアリー病院の方が良い。そのまま、治療を受けること」を指示。
3月25日、「病院に呼ばれた両親もSARSの検査を受けた。人口呼吸器装着にて、3日目に次第に肺の陰がとれてきて、生命を取り留めるもよう」とのことだった。結局、この小児は、SARSではなく、肺炎(原因不明)とのことで決着がついた。日本では、4日遅れで、「小児SARS感染」と誤報が新聞で流れていた・・・。
この頃、3月21日前後、香港アモイガーデン(マンション)は、救急車がめまぐるしく走り回った。「高熱に肺炎」の爆発的集団感染があり、SARSの恐怖が最大限に達していたのだ。4月31日の時点で213人に達した。クイーン・メアリー病院の小児病棟は、小児の肺炎で満員だったというが、後日、その中にSARSの小児患者は、わずか数人。不思議なことに、1人の死亡者も出なかった。
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講演
中国保健省は、当初、「クラミジア肺炎」であると発表した。その後、「ミクソウイルス説」が流れた。この時点で、4月2日、私は中国で活躍している医療支援サービス会社Wの日本での研修会(東京中野)に呼ばれ、「感染症危機管理」を解説した。SARS流行中のこともあり、病人を介助する立場のスタッフは真剣だった。先の日本人男性を介助した香港チームのスタッフもいた。「感染経路は一体なんですか」「予防方法はあるのですか」「非典型性肺炎と普通の肺炎はどう違うのですか」「疑いのある患者と接する場合は、どのような心構えが必要ですか」「うがいやマスクは有効ですか」。多くの質問を受けた。
4月6日、長崎県小児科医会(長崎市)に呼ばれ、「海外医療の問題点(小児科)」を話した。当然のことながら、話題はSARS一色となった。まだ、ミクソウイルス説が流れていたので、マレーシアで遭遇したニパ・ウイルス(この原因がミクソウイルス)の経験談を交え、新興感染症に話題をそらした。それでも、するどい質問があった。「小児は感染しとると?死亡した人はいるとね?」。確かに小児の感染率は低い。この原因については、まだ不明だが、コロナウイルスに対する免疫反応が、小児では、未熟な為、過剰の反応が出ないからという考えもある。
小児科の先生方の質問は厳しい。
「日本へ上陸するのはいつ頃か」「水際作戦はどうしたらよか」「感染者が出たらどう対処すべきか」「ワクチンは製造可能か」「回復期の血清を用いての治療はどうか」。
4月16日、WHOは、SARSの原因をコロナウイルスによると発表し、電子顕微鏡写真を流した。このことで、4月18日、東京商工会議所(東京丸の内)で、「SARS対策」を講演した。企業の人事部が集まる会で、会場は満席。特に新しいウイルスに対する恐怖感が強く、有効な予防策についてかなりの時間をさいて尋ねられた。私は、N-95マスク、サージカルマスク、一般のマスクを持ち込み、飛沫感染に対する「標準予防策」を解説した。院内感染症が多いので、病院に入る場合は、N-95マスク・手洗い・うがい、市内では一般のマスクでも良い旨を説いた。
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流行地に飛ぶ
東京商工会議所に引き続き、中国上海市及び北京市の日本企業から招かれ、SARSの講演をおこなうことになった。目的は、パニックに陥っている企業人にSARSの理解をしてもらうこと。今後の企業の危機管理のありかたを解説することだった。
4月23日、成田出発日、WHOの資料によると、世界中で4,288人発病、251人死亡(死亡率5.9%)。中国内で2,305人発病、106人死亡(死亡率4.6%)だった。隣の国、韓国の実情も調べるため、ソウル経由で帰国したが、4月27日の時点で4,836人(293人死亡、6%致死率)、わずか5日間で、548人増加。中国で2,756人(122人死亡、4.4%の死亡率)という有様だった。
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上海市の状況
4月2日、上海市衛生局は、1人の感染者(広東省香港滞在歴あり)あり、伝染病病院に隔離治療中であると発表。4月17日、上海市衛生局は2人目のSARSを発表。最初の患者の父親で、同じく隔離治療中との事。家族内感染と思われる。同日、上海市ではSARSの漢方医チームを結成。漢方薬が有効との臨床報告により、国家中医薬管理局が指示したもの。
4月23日、成田空港では何のチェックもなく出国。上海浦東空港では通関手続きの前に「健康チェック」があり、問診表を記入することで混乱していた。ただし、体温のチェックはなかった。その日、疑い例は16人に増えたが、結果はSARSにあらず、新たな患者は出ていない。WHOの調査チームが、同日上海に入り、上海市が提出した110ヵ所の病院のなかから任意に調査することが決められた。
空港を出ると「変わらぬ上海の姿」がそこにあった。市内でマスクをしている人は少なかったが、一説によると、マスクは不足しているとのことだった。
講演会は、上海の国際貿易中心の大講堂で開催した。120人を超える日本企業の代表者が出席。マスクをしている人は6割だった。講演のあと、多くの質問を受けた。「SARSの検査方法と日本での検査機関はどこか」「中国から帰国した駐在員に対して、どのような指示を出せばいいか」「SARSだと判明、もしくは疑わしい社員が出た場合、社内の措置はどのようにとるべきか」「ローカルスタッフも含め、現地企業でSARS患者が発生した場合、現地駐在員にはどのような指示を出すべきか」
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北京市の実情
4月24日、上海より北京に移動、飛行機で2時間の距離である。機内の乗務員はすべてマスクとビニール製の手袋をしており、緊張感が漂っていた。乗客もほとんどがマスクをしていた。機内で健康質問表に記入し、通関の際に係員に手渡すだけの簡単なチェックだったが、防疫班が消毒液をもって、今降りた機内にはいって行く姿が見られた。
中国衛生局は、4月18日、北京市のSARS患者は399人(うち死亡18人)、感染を疑わせる患者は402人と発表。わずか5日後の4月23日には、感染者は294人増え693人(うち死亡17人増え35人)、疑い患者は380人増え782人と発表。北京での深刻な感染実態が明らかになるにつれ、同市にある日本人学校は、約2週間の臨時休校を決めた。在留邦人の間に動揺はかくせず、北京を脱出する邦人も増えた。
北京市内は、マスクだらけ。スーパーマーケットは、食料品不足。特に、保存食・米類が欠乏した。マスクや消毒薬を求めて、薬局の前は客の列でごった返した。日本企業は、人が集まる地下鉄・バスによる通勤を自粛するように通達。近距離なら自転車出勤を呼びかけ、遠方の人には、送迎車を出す有様。
日頃、日本人が利用する中日友好病院を訪れた。閑散としており、外来患者はなかった。消毒の臭いがし、中に入るのを断られた。院内感染で昨日も数名の医師が入院したため、外部からの来訪を禁止しているということだった。
WHOは、北京市の感染者報告は、信用できないと批判。中国衛生省も、「北京市内には政府だけでなく、軍隊が管理する病院もあり、正確な数が把握できていなかった」と統計手法に手落ちがあったことを認め、衛生省、北京市長の閣僚級の2人を更迭した。
日本の外務省は、広東省と同じく、北京市に「渡航自粛勧告」を出した。このような深刻な中での講演だった。参加者は、北京でのSARS流行の報を受け、市内に入るのに時間がかかり、急遽2回に分けて実施した。1回目が60人、2回目が50人位の出席で、参加予定者の2/3だった。
質問がそれぞれ1時間近くあり、その深刻さがうかがえた。「SARSは空気感染しないのか。航空機内は大丈夫か」「N-95マスクはどこで入手するのか」「実際に家族・職場では、どのような対応をすべきか」「4,000人位現地スタッフがいるが、工場内の殺菌は必要か」「消毒剤はどんなものが良いか」「中国人はうがいの習慣がない。果たしてうがいを勧めるべきか。効果はどうなのか」「酢は有効か」。
北京市は、WHOの調査のあと、「SARS封じ込め作戦」を強化し、北京市からの出国を制限し、強力な警察力を発揮し、鉄道・道路に検問所を設けた。感染者が出ると、疑いも含め、その家族全員の強制隔離、家屋内の消毒、営業所の閉鎖も実施した。実に8,900人に上る人が隔離された(4月25日)。市内に4つの病院を指定したが、すぐに満床となり、4,000人を収容できるSARS用の隔離病院(全て個室)を北京市郊外に建設を始めた。
感染症発生の初期対策に失敗し、中国のめんつをかけ、いわば強権を発動した対策は、在留邦人にとって「恐怖の的」となった。まるで、文化大革命や天安門事件に類する行為にうつったのだ。帰国後、北京市の感染者数は急増。なんと、747人も増え1,440人に達し、75人(40人増)が死亡という報が流れた(4月30日)。わずか5日間の状況である。
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韓国で
4月25日、北京出国時、空港は大混乱。見送りの人もほとんどマスクをしていた。外国人の姿が多い。旅行者をはじめ、企業人の「北京脱出」が始まったもよう。まず、健康問診表を出し、体温測定があった。ここで高熱があれば、北京市内の指定病院に強制収容されるのだ。通関にかなりの時間を要した。乗務員は全員、マスクと手袋をしていた。機内でも健康調査書をわたされ、ソウル入国の際に提出する旨の放送があった。
ソウルに着くと飛行機の降口の通路で、「健康調査書」の提出と「体温測定」があった。ここで体温が高ければ、その場でソウルの国際病院に運ばれるとのこと。大変な時代になったものだ。韓国では、SARS発生例がないためか、意外なことに仁川空港内にマスクをしている人は、ほとんどなかった。
韓国では、SARS発生例がない(4月25日)。さかのぼること4月12日、KBSテレビ(日本のNHKに相当)が、「追跡」という題で、「SARSの特番」を流した。このビデオは、翌13日、私の手元に届けられ、謎だらけのSARSの実態をみた。良くできた番組で、早々とSARS情報を流すのに敬服した。中国と国境を接している国の対応はするどい。この心構えが、水際作戦につながるものだと敬服した。
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香港へ 中国本土のSARS講演が終るや、香港日本人クラブからも呼ばれた。5月13日、香港市内は、いつもと変わらず騒然としていたが、観光客はたしかに少なかった。かの有名なJAMBOの船料理店に入ったが、なんとお客は私たちだけ。不気味だった。
香港人は、SARSとは言わない。この略字は、香港特別行政区を意味するそうで、嫌いなのだ。しかもSARSを漢字に直すと「殺す」といういう不吉な意味になるらしい。だから、いまでもWHOのいうSARSとは言わず、非典型性肺炎(AP)と言っている。
香港では、渡航制限解除前という雰囲気だったが、まだ早いと思われた。香港がWHOから受けた渡航延期勧告の解除条件は次の3点、
@ 1日あたりの感染者が5人以下。入院患者が60人以下。
A 香港からウイルスを出さない。
B 発病者の感染経路を明らかにする。
この条件をクリアするには、あと少しの時間が必要だ。
香港日本人クラブ内で講演を行なった。20人位の集まりだったが、外務省領事部の手塚氏を含め、日本企業の代表者が集まった。他の都市と同じく、1時間以上の質問があった。「中国政府からおもちゃの安全証明を求められた。SARSウイルスがつくことを想定し、有効な消毒法はないか」「紫外線による消毒はどうか」「アルコール、石けんなどでSARSウイルスは死ぬのか」「この騒動に終わりはあるのか」「経口感染はないのか」「SARSでないという健康診断書は、発行してもらえるか」。
講演の翌5月15日は、香港で問題になった4星クラスのメトロ・ポール・ホテル(感染の発生)、1984年設立のプリンス・オブ・ウエールズ病院(院内感染)、アモイガーデン(マンション内集団感染)の視察に出た。案内役のエミリー嬢は、明らかに恐れていた。「ドクター、恐くないの?」と尋ねられたものだ。メトロ・ポール・ホテルは、客足はなく、開店休業の状況。プリンス・オブ・ウエールズ病院では、13日なくなったばかりの35歳女医さんの遺影が病院内に飾ってあった。アモイガーデンの住民は、ほとんど戻っていたが、1階の店は、半分以上閉店中の有様だった。
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アモイガーデン
300人以上の感染者を出したアモイガーデン。25年前に建てられたそびえ立つような高層マンションが19棟林立。1棟に約1,000人が住んでいる大団地である。
マンションの入口付近の1階には、マクドナルド、吉野家が出店していて、5月15日開店していた。その他はいまだ閉店が多かった。犠牲者の多かったE棟玄関には、守衛がいて、私を雑誌記者と間違えたのか、多くのことを教えてくれた。E棟では、なんと41人が死亡したのだ。
4月17日、香港衛生福利・食物局は、アモイガーデンで321人がSARSに感染したのは、下水管に原因があったと発表。下水管は、高層マンションの外側に上から下に走っていた。この下水管の不備で、浴室に侵入したウイルスを含む飛沫(糞沫)が、換気扇に吸い上げられ、団地内に拡散したという見方が有力である。WHOも翌18日、同様の意見を述べた。
感染源となった男性(33歳)は、院内感染をおこしたプリンス・オブ・ウエールズ病院の患者だった。3月14日および19日の2回、弟の住むアモイガーデンを訪問したのだ。彼は下痢をしていた。咳やくしゃみによる感染よりも、下痢に含まれていたウイルスの方が感染力が強く、ウイルス量も多かったと推測される。そのため、アモイガーデンの感染者は、他の地区の感染者に比べ、急速に発病者を出し、重症が多かった。事実、アモイガーデンの感染者の20%は、集中治療室で人工呼吸器を装着した。しかも、66%の人は下痢をしていたという。126人が感染し、12人が死亡(4月23日)したカナダでも、約50%の人が下痢をしていたという。他の地から運ばれた感染者は、集中治療室にかかるのは10%、下痢は2〜7%に過ぎない。
E棟に入ると、すぐに狭いエレベーターがあり、33階建各階に8戸の住居があった。各棟からの下水は、8本の下水縦管で集められていた。この下水縦管は、トイレや風呂などの排水口とU字管を使って接続。このU字管は通常、悪臭や害虫を防止する役をする管で、水をためてあるそうだ。
香港の保健当局の資料では、@このU字管に水がなく干上がっていた。A以前からトイレで悪臭がすると住人が苦情を訴えていた。この2点から、U字管の不備が感染を誘発した大きな原因だったと思われる。WHOは、5月16日、九竜地区のマンション街「アモイガーデン」で発生した集団感染は、浴室の換気扇と窓を通じてウイルスを含んだ汚水が拡散し、集団感染を招いたとする調査結果を発表した。
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香港が感染の舞台
感染の広がりは、意外なことから始まった。広東省広州市の中山第8病院で肺炎の治療にあたっていた64歳の教授が、自ら感染していることを知らずに旅行。香港のメトロ・ポール・ホテル9階に2月21日宿泊。症状が悪化した教授の痰、嘔吐物などの排泄物は、トイレや部屋の床に飛散したものと思われる。ホテル従業員は、このトイレを清掃した後、同じ器具で別室を清掃。そこに宿泊していたシンガポール人、カナダ人、ベトナム人に感染したらしい。彼等が母国に持ち帰り、海外への拡大を広めた。
また、同じホテルで感染した中国人(26歳)が、プリンス・オブ・ウエールズ病院に入院。院内感染の感染源となった。さらに同病院で人工透析中の男性(33歳)に感染、この男性がアモイガーデンに宿泊し、集団感染を引き起こした。この3人の中国人が、スーパー・スプレッダーとなり、世界中に感染拡大を引き起こしたことになる。まさに世にも稀なる感染症の始まりだった。
なお、北京市での爆発的な流行も誰がスーパー・スプレッダーだったのか、そのうち解明されるだろう。
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肺炎発祥地を振り返る
肺炎発祥地、広東省仏山市は、中都市である。1999年、海外邦人医療基金の仕事で、中国南部の医療事情を調査した。当時、この仏山市でコレラが大流行。このため、サシミ禁止令が出て、美味しい日本料理を食いそびれた恨みがある。
仏山市は、養豚家が多く、豚ばかりでなく、ニワトリ、アヒルなども同じ家屋で飼っている人が多い。家屋内は、残飯、汚物が散乱し、異常な臭いがした。人と同居することから、いろいろな感染症が出るのは不思議ではない。
広東省は「食の広州」ともいわれ、食材にあふれた都市だ。市場に入ると、ニワトリ、アヒル、ハト、野鳥、カエル、ウサギ、ネズミ、蛇、リス、タヌキ、犬が売られていた。しかも、中国原産ではないと思われるジャコウネコ、アルマジロまで路上で売られているのが目に付いた。それこそ2002年11月、発病し死亡した20歳の男性は、生肉を扱う野生鳥獣料理店(野味店)のコックだったのだ。これらの動物が持つウイルスをもらってもおかしくない風土があるといえる。
ジャーナリストのリチャード・ションズの広州市の生肉マーケットの手記。「とある露店のオーナー、チェン。手は傷だらけ。よくリス、ジャコウネコに咬まれる」という。「酷く咬まれると医者にいって注射してもらう。注射しに行かないと病気になる人もいる」という記事が目に付いた。これこそ、今回の動物から人へのSARS感染を暗示するものではないかという気がするのだ。
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おわりに
SARSウイルスの周囲への感染力は、発病後10日後がピークに達するという香港大学の発表があった(5月18日)。少しずつ見えてきた「謎の肺炎SARS」。時の流れに身を任せ、講演を繰り返すうち、とうとうSARSの現場に入ることになってしまった。プリンス・オブ・ウエールズ病院には、今もSARS患者が入院しており、検査をバイオハザードで封印した箱が運ばれているのも目撃した。集中治療室に入っている感染者が、なんとか回復することを祈るばかりである。
台湾医師の日本旅行に伴い、水際作戦の甘さが指摘された日本である。いつ入ってくるかわからないが、日本人のパニックは中国の比ではないだろう。オイルショック時のトイレットペーパーに見られた、1億総パニックの苦い過去を思い出す。この原稿を書き終えた5月20日、世界の感染者は、7,864人(うち中国5,236人、香港1,714人)と、死亡者643人(中国289人、香港251人)だった。すぐにでも感染者は8,000人を超える勢いである。
6月、中国の青島・大連への出張講演が迫っている。私の感だが、おそらく、その頃はSARSの流行はひとまず終わりを告げ、どうやら謎の肺炎も先が見えてきた気がする・・・(5月20日記)。
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(追)
1)WHOのヘイマン感染症対策部長は、5月23日、中国広東省と香港に4月2日出している「渡航延期勧告」を解除すると発表。
2)同日CDCのガーバディング所長は、「今冬、流行しないことを祈っている」という不気味な発言をした。
代表医:大利 昌久
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