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海外で暮らすための健康管理学(10)

大利昌久
前 東京大学医科学研究所感染症内科
現 長崎大学熱帯医学研究所(非常勤講師)
海外邦人医療基金 (顧問)
出典:「神奈川県医師会」(2001年12月号より)


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2001年9月11日の米国同時多発テロ事件以来、世の中は確かに変わった。各界からの問い合わせに答えるために、これまでの内容を補充することにした。
1)日本からの海外渡航者数
 海外渡航者は、今夏、史上最大の1,782万人に達した。しかし、9月11日以降、米国を中心に急激に減少中である。この傾向は日本だけではない。
 米国の繁栄を象徴する巨大なツインタワー。あの世界貿易センタービルに旅客機が突っ込んだ当日、私は韓国ソウルにいた。海外邦人医療基金の依頼で、在韓邦人の医療事情の調査と変貌しつつある韓国の医療機関を視察するため訪韓していたのである。外務省医務官当時、アフリカばかりでなく中近東への出張が多かった私は、アラブ人の気質を知っている。自爆の精神は、昔の日本人の精神構造に似ていて、偉大な(?)指導者に盲信する姿もあまり変わらない。今の文明からすると、狂信的と思われる集団と戦うことは非常に難しい。
 約70億の人たちが自由に国境を離れていたが、当分、海外渡航者は減ると思われる。観光業界は大打撃である。皮肉なことに難民の数はとてつもなく増えている。

2)予防接種と炭疽菌予防
 分かりやすく解説したつもりだが、これに関する質問が多い。特に先生方が困るのは、家族同伴の場合の「小児の予防接種」に関する質問ではないかと思う。神奈川県医師会報?608(2001.8.10)を参照下さい。
 なお、米国同時多発テロ以降、問題となっている炭疽菌に対する予防接種がある。ソビエト、米国、中国では、炭疽菌ワクチンを準備しているが、日本にはない。日本の自衛隊員にも今後は、このワクチン接種が必要な時が来るかもしれない。
 炭疽菌感染予防に対し、抗生物質の予防投与の方法がある。予防接種のない日本では、この方法を採用する必要がある。体内での毒素が産生される前に7〜10日間、大量のペニシリンを連続で投与する。この方法で100%近い殺菌を期待できる。ペニシリン以外にもドキシサイクリン、シプロキサンも有効。しかし、毒素が産生された後だと、非常に危険となる。
 あのオウム真理教が、炭疽菌、ポツリヌス菌をばら撒いた時に、国をあずかる高官が生物テロに深い関心を示し、全世界に警告を発しなければならなかったのである。この事件に敏感に反応したのが米国で、平和に日本にいると異常と思えるほどの関心を示した。この事実は「細菌戦争の世紀」(原書房2000年)に詳しい。今や世界は、生物戦対策に備えた準備もしなければならない「危険な時代」に入ったといえる。

3)マラリア予防
 マラリアは、輸入感染症の代表である。1999年4月の感染症新法によって4類感染症に分類された。法律的にはマラリアを診断したすべての医師は、届け出ることが義務化された。届出の資料では、1999年4月〜12月110(41)例、2000年1月〜12月152(64)例だった。( )内は、危険な熱耐熱マラリア件数を示した。
 マラリアの予防法の第一は、蚊に刺されないことである。しかし海外でのことなので、そんな簡単に予防できる訳がない。そのために、感染リスクが高い地域では、抗マラリアの予防内服が必要となる。
 2001年、日本でもマラリアの治療薬としてメフロキン(エファキン)が認可された。当然のことながら、このメフロキンの予防内服効果は高い。服用方法は週一回服用する。その他に日本で入手可能なドキシサイクリン(ビブラマイシン)週一回服用も有効。
 なお、隣の国、韓国では、2001年6月〜9月に三日熱マラリアが流行した。1994年、突然発症し、その後も年々増加。1999年には韓国北部、北朝鮮の軍事境界線付近を中心に三日熱マラリアが流行し、韓国南部にも広がった。韓国より南のアジア地域からの「輸入感染症」という説より、韓国の「温暖化の伴う媒介蚊の繁殖が原因」という説が指示されていた。そうなると、日本の仙台あたりの緯度に等しい韓国での流行は、近い将来日本でも発生する可能性を示唆するもので、注意が必要となる。

4)航空機事情
 エコノミークラス症候群に代表されるような航空機特有の病気が脚光を浴びた。この病名は、エコノミークラスの乗客だけでなく、ビジネスクラス、ファーストクラスの客にも発生しているし、長距離バスの乗客にみられることから、恐らく将来、病名が変わると思われる。欧米では、深部静脈血栓症と呼ばれている。
 エコノミークラス症候群以外にも、機内の低酸素状態による冠動脈疾患の増悪が知られている。病気を持った人達が平気で海外旅行に行く時代であるが、搭乗に関しては苦い経験から、厳しい条件があることを知って欲しい。飛鳥田一朗先生(JAL健康管理室部長)は、冠動脈疾患患者の場合、以下の3点をあげている。
@狭心症の発作が、2週間に1〜2回と安定していること。
A心筋梗塞発病後、6週間以上が経過していること。
BPTCA、バイバス手術後3〜6ヶ月を経過していること。
 なお、航空会社には疾病者や身体障害者の搭乗についての相談窓口を開設しているので、相談すると良い。日本航空の場合は、JALプライオリティゲストセンターがある。(TEL0120-747-707、FAX0120-747-606)

5)海外旅行の効用
 海外旅行を「ピクニック効果」ありと考え、脳血管傷害後遺症や膠原病の患者さんを海外に連れて行くという企画がすすんでいる。2001年「海外渡航者の健康を考える会」(産業医科大学主催)では、「バリアフリートラベル」のシンポジウムを開催した。バリアフリートラベルとは、病気の人々にも積極的に海外旅行に行ってもらいたいという趣旨。実際に近畿日本ツーリストの南邦明氏から、筋ジストロフィー、リウマチ、脊損患者さんの海外旅行の実例が報告された。そして、海外旅行のリハビリ効果は「極めて有効」という結論だった。このような企画は、今後いろいろな病気、例えば透析、癌の人々にもニーズがあるものと思われる。
 日本脳卒中協会の柏木知臣理事は、御本人が脳卒中で麻痺のある方。彼は「海外旅行は楽しい。一歩でも歩きたいという気持ちが、心の底から湧いてくる。海外旅行のリハビリ効果は最大です」という言葉が印象的だった。
 病気をした人の海外旅行に際しては、主治医を交え、旅行スケジュールの企画、旅行会社の理解、海外保険のあり方などチーム医療の必要性が痛感される。
6)旅行医学専門医の必要性
 2000年「海外渡航者の健康を考える会」(国立感染症研究所主催)のシンポジウムを、国立オリンピックセンター記念青少年総合センターで開催した。このシンポジウムで不幸な例が示された。篠塚医師の資料だと低温火傷をした62歳男性(大学教授)が、学会でアメリカに渡航。低温火傷は、滞米中悪化。しかし、そのまま米国の医師に相談することなく帰国。しかし、帰国後、糖尿病性下肢壊死と診断され、下肢を切断したそうである。これに対し、その教授は、最初の医師に5,600万円の支払いを求めた訴状をおこし、裁判で5,100万円を得たという。
 裁判所の判定は「糖尿病でありながら、例え低温火傷でも、海外に行く危険性を患者に伝えなかった」という厳しいもので、「旅行中止を勧告しなかった」という厳しいもので「旅行中止を勧告しなかった」という点が医師の敗訴の原因になったのである。(大阪地裁)
 私はこの判決に不服である。滞米中、この教授は英語も達者だったので、アメリカの医療機関を受けるべきだったのである。海外の医療機関を受診するのに躊躇する日本人の体質もあると思う。この事件を知ると旅行医学専門医の必要性が痛感された。
 1999年より2年にわたり、海外医療関係の内容を連載した。諸先生からの質問が多く、この種の問題が、いまだに医療界に熟知されていないことを痛感した。今後は、熱帯病を含め、海外で問題となる感染症についてふれたい。


代表医:大利 昌久/医療サービススタッフ:サンタンブロージュ


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