ホーム海外で暮らすには海外で暮らすための健康管理学(7)第3章 機内での健康管理
 海外へ出発する前に
 海外旅行の問題点
 海外赴任者の問題点
 海外で暮らすには
 海外医療の舞台裏
 話題の感染症
 SARSについて
 マラリアは最大の敵
 生物兵器
 特別寄稿読売新聞
 特別寄稿神奈川新聞
 患者さんに対して
 ドクター随筆
 現代日本の寄生虫症
 日本臨床内科医会
 日本渡航医学会NEW
 さえぐさ医院NEW
 アフリカ紀行展
 スマトラ沖地震救援


海外で暮らすための健康管理学(7)

大利昌久
前 東京大学医科学研究所感染症内科
現 長崎大学熱帯医学研究所(非常勤講師)
海外邦人医療基金 (顧問)
出典:「神奈川県医師会」(2001年9月号より)


--------------------------------------------------------------

第3章 機内での健康管理
1)機内環境と疾病(前月号参照)
2)機内での注意(前月号参照)
3)エコノミークラス症候群
 前回述べた「エコノミークラス症候群」。欧米諸国に比べ、日本人の発病率は極めて低いと言われるが、この10年間に急増している。
 航空機の狭い座席に長いこと座っていた乗客が、降機直後に呼吸困難や心肺停止に陥るもので、「その際策が不充分だった」として、航空会社が訴えられる時代である。 2001年7月、オーストラリア(メルボン)の法律事務所がオーストラリア航空安全局とカンタス航空、英国航空、KLMオランダ航空を相手に、「エコノミークラス症候群」に対する損害賠償を求める訴訟を起こした。この種の訴訟は、世界で初めて。訴訟理由は、「エコノミークラス症候群は、生命にかかわる病気なのに、乗客に充分な警告をおこなわなかった」としている。ケープタウンからシドニーまでの飛行で脳障害を引き起こした男性が、約数億円の賠償を請求している。かなりの高額、国際航空運送の条約では、「航空会社は機上での事故で生じた旅客の死傷の損害に責任を負う」との規定があるが、このエコノミークラス症候群に対し、どこまで法的責任を問えるのか注目される。
 「エコノミークラス症候群」の予防対策を表14にまとめた。

表14 エコノミークラス症候群の予防対策
1.機内の湿度が5〜15%と乾燥しているので、ともかく水分を取る。アル コール類は、脱水を引き起こすのでひかえる。
2.足の屈伸運動を時々したり、かかとの上下運動などをし、ともかく下肢 を動かす。
3.長いフライトの前後は、禁煙する。
4.なるべく睡眠薬はとらない。(睡眠薬を服用すると同じ姿勢で寝ること  になり、リスクが高くなる)
 
第4章 機内での緊急医療
 日本航空(健康管理室)の飛鳥田一郎先生の資料によると、1993年4月から1998年3月までの5年間に発病した救急処置患者は、国際線で730件、国内線で368件、年平均約200件、意外に多い件数である。なかには、死亡例も含まれている。急病の分析では、重篤な病気をもったまま搭乗する例も含まれており、搭乗可否を診断する「かかりつけ医」の責任は重いと考えられるが、なかなか難しい問題であると言える。
 70歳以上(高齢者)の海外渡航者には、リスクが高いという理由で健康診断書の提出を義務づけている旅行会社もある。若年者でも血糖の不安定な糖尿病、呼吸不全をおこしたことのある慢性気管支炎の人には、搭乗可否の診断のために「積極的な検査」と「責任ある診断」が必要である。
第5章 機内の医療設備
 筆者が外務省時代、南アフリカ共和国からケニアに戻る機内で、臨席のドイツ人が「狭心症の発作」をおこした。すぐに手持ちの冠拡張剤を服用させたが、症状がおさまらないので、酸素ボンベを頼んだところ、スチュワーデスに断られた。「緊急事態が発生した時しか酸素は使えない」と言うのだ。緊急事態とは、飛行機そのものの異常飛行により、機内の酸素分圧が低下した時のみ酸素が上から降りて来るという。従って酸素が必要な急病人がいても使えないと言う。幸いにして、ドイツ人は回復したので、紛争中の危険な空港に緊急着陸することはなかったが、機内には果たして、どんな医療設備がなされているのだろうか?
 FAR(米連邦航空規則)によると、米国籍の航空会社の航空機には、搭載すべき救急医薬品の必要条件を定めてあるが、どうやら国際基準のようなものはないようだ。日本では1993年、運輸省航空局通達により、日本国籍のすべての航空会社の国際線旅客機に「医師用 の救急医薬品の搭載」が義務づけられた。その後、1999年にその救急用医薬品の内容の見直しがおこなわれ、2000年には航空法により「客席数60を超える機内には、救急用の医薬品および医療器具を装備しなければならない」と規程されている。
 参考のために、日本航空(国際線)に準備されているドクターキットの内容を表15に示した。なお、これ以外にも病人搬入用として機内に持ち込める医療機器を表16に示した。原則として、次の点に注意しなければならない。
@電磁波障害(EMI)がない機器(公的証明必要。)
Aバッテリーで作動するもの。(機内の電源を必要としないもの。)
Bサイズが小さく、固定出来るもの。
C音が小さい、臭わない、危険物でない。機内での心臓発作に関して新しい動きがある。日本航空の資料によると、機内で突然発病し、3日以内に死亡した乗客は、1993年〜1999年の5年間に29人にのぼり、うち21人(70%)は心臓病だった。この教訓から、日本航空は、「自動除細動器」の搭載を決定し、長距離国際線から、順次装備するという。
 米連邦航空局(FAA)でも、その取り組みは遅く、2001年4月より3年以内に米国の航空機に「自動除細動器」の搭載を指示したと言う。海外では、医師で なくてもこの器具を使用可としているが、日本では医師か、医師の指示を救急救命士しか使えない点が問題。

表15 日本航空国際線のドクターキットの内容
エビネフリン(ボスミン1mg注) 4
塩酸ドバミン(イノバン100mg注) 2
リン酸ヒドロコルチゾンナトリウム (ハイドロコートン500mg注) 4
臭化プチルスコポラミン(プスコバン20mg注) 4
ペンタゾシン(ソセゴン15mg注) 4
ジアゼバム(ホリゾン10mg注) 2
スルピリン(メチロン250mg注) 2
アミノフィリン(ネオフィリン250mg注) 2
硫酸テルブタリン(プリカニール0.2mg注) 1
硫酸アトロピン(0.5mg注) 2
マレイン酸メチルエルゴメトリン(メテナリン0.2mg注) 1
フロセミド(ラシックス20mg注) 2
リドカイン(静注用キシロカイン100mg) 4
塩酸リドカイン(キシロカインゼリー) 1
炭酸水素ナトリウム(メイロン8.4%20ml注) 2
塩酸リトドリン(ウテメリン10mg錠)  10
マレイン酸クロルフェニラミン(ボララミン6mg錠) 10
ニトログリセリン(ニトロペン0.3mg錠) 10
ニフェジピン(アダラート10mgカプセル) 10
硫酸フラジオマイシン(ソフラチュールガーゼ) 1
5%ブドウ糖液(500ml) 1
20%ブドウ糖液(20ml) 4
生理食塩水(100ml、500ml) 3
消毒用エタノール 1
塩化ベンザルコニウム(100ml) 1
駆血帯 1
絹糸(1-0) 1
縫合針セット 1
針付き糸(19mm、15mm、33mm) 3
ぺアン 1
コッヘル 1
持針器 1
外科鋏 1
メス(No.10、No.11) 1
ピンセット(有鉤、無鉤) 1
ステリーストリップ 1
注射器(30ml、20ml、10ml、5ml、2.5ml、1ml) 15
注射針(21G、23G、27G) 22
翼状針(21G) 4
点滴セット(大人用、子供用) 4
延長チューブ 2
静脈留置針(18G、20G、22G) 6
新生児用吸引カテーテルセット 1
セイラムサンプチューブ 1
ネラトンカテーテル 1
エアウェイ(大、中、小) 3
バイトブロック 1
アンプルカット 1
ガーゼ
絆創膏 1
無菌ドレープ(大、中) 2
外科手袋(6.5、7.5) 2
カット綿 1
消毒綿棒 1
1
血糖測定器 1
 
表16 機内に持ち込める医療機器
酸素ボンベ、心電図モニター、吸入器、吸引機、
人工吸引機、輸液ポンプ、除細動器、
パルスオキシメーター、血圧計、体温計

第6章 成人の搬送(民間機を利用する場合)
 筆者は、通常運航の民間機を利用し、病人をアフリカから西欧または日本まで搬送した経験がある(表17)。この経験から、搬送手順のポイントと問題点を記した。
1)民間機による搬送の手順
@あらかじめ担当医の意見書または診断書が必要。お国柄、入手が複雑な場合、医師であれば自ら診断書を作成。
A入院を前提とする場合、相手国の病の決定と入院承諾書の手配。
B搬送機の確保と必要な医薬品、機器の準備。
C医師1人では重荷となるので、重傷例の場合、看護婦や助人を決める。
D航空会社へ症状の情報提供をおこない、通関の手順などを助けてもらう。

2)症例による問題点
@重症者の場合
病人用のベッドと治療空間確保のため、一般座席の6〜9席が必要となる。機内で症状が悪化した場合、一般の乗客に不快感を与えないようにカーテンなどで間仕切りをしなければならない。また、機内で死亡した場合、善意で搬送している医師が訴えられることもある。なお、 重症者を搬送する医師らは、極めて重労働である。海外傷害保険に入っておかないと、この種の例では、医療費の他、搬送に伴う諸費用が高額となる。
A精神病の場合
精神分裂症などでは、周囲の乗客に不安を与えないための工夫が必要。症状の軽重を問わず、精神病の患者は、精神科医が添乗するのが望ましい。
B感染症の場合
医師自身はもちろん、一般乗客への感染の危険性も高いため、慎重な判断が必要となる。他国に搬送しても、「輸入感染症」として問題にならないよう、後々まで情報収集を怠らないことが必要。

参考資料
1)安藤英樹:JAL海外トラベルドクター、2000年(協和企画)
2)安藤英樹、飛鳥田一朗:航空機内緊急医療における諸問題、2000年.No.3968(日本医事新報)

表17 病人の搬送例
重症
性別 年齢
病名
搬送経路
航空機
男性 27
脳血管障害
(頭部外傷)
ケニア→イギリス
(ナイロビ) (ロンドン)
英国航空
女性 47
交通事故
(助骨骨折)
ケニア→イギリス→日本
(ナイロビ) (ロンドン)(東京)
英国航空
日本航空
男性 48
交通事故
(血胸)
セイセルズ島 → 日本
           (東京)
英国航空
男性 38
肝硬変
(吐血)
アルジェリア→フランス
(エルアスナム、アルジェ)
(パリ)(東京、高知)
アルジェリア航空
日本航空

 
感染症
性別 年齢
病名
搬送経路
航空機
男性 36
不明熱
アルジェリア→フランス
(エルアスナム)   (パリ)
エアフランス
男性 39
性感染症
ケニア→イギリス
(ナイロビ) (ロンドン)
英国航空
男性 26
急性肝炎
マラウイ→ケニア→イギリス
(リロンゲ)(ナイロビ) (ロンドン)
マラウイ航空
英国航空

精神病
性別 年齢
病名
搬送経路
航空機
男性 52
精神病
(精神分裂症)
アルジェリア→日本
(エルアスナム)    (千葉)
エアフランス
日本航空
女性 24
精神病
(パニック症候群)
ケニア→イギリス→日本
(ナイロビ) (ロンドン) (東京)
英国航空
日本航空
男性 52
精神病
ケニア→フランス→日本
(ナイロビ) (パリ)   (東京)
エアフランス
日本航空


代表医:大利 昌久/医療サービススタッフ:サンタンブロージュ


Copyright (C) 2005 Dr Oori.