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マラリアは最大の敵

〜 「途上国と健康」より 〜 


多くの日本人が、熱帯、亜熱帯の過酷な気候条件の中で働いています。そのほとんどの地域が、マラリアの汚染地域に入るのです
彼らの最大の敵はマラリアといっても過言ではありますまい。
多くの日本人が、マラリアにかかり、中には死亡する場合もあるからです。日本には、輸入伝染病という形で、毎年、マラリアをお土産に持ち帰る者があとをたちません。
これは大きな社会問題とも言えます。

私がケニアの首都ナイロビに、外務省の医務官として在勤していた当時、東アフリカ地域の担当国内で4人の日本人がマラリアで亡くなりました。
2人は若き技術者、他の2人は魚船員でした。
今でも鮮明に記憶している1つの例を参考のために記しておきます。
これを読まれた方は、他人ごとと考えずに、自分にも関わ深い日常茶飯事のことなのだと認識いただきたいと考えます。

あれは6月の出来事でした。私あてに隣国タンザニアより緊急電報が入ったのです。
「日本人がマラリア肝炎および腎炎を併発し、目下当地の病院で手当を受けている。担当医によれば、症状はきわめて重く(黄疸症状も見られ現在意識不明)、当地での邦人医師の診断を強く希望しているところ、大利医務官の急派、診療のお取り計らい願いたく、何分の儀、結果折り返し回伝願いたし」というものでした。
電報の内容からもきわめて重症で、余命いくばくもない危険な状態であることがわかります。一刻も早く診察し、治療にかからねばなりません。
この電報が入った当日、不運にも私は、ザンビアでの診療活動を終えてケニアに戻る飛行機の中にいたのです。ケニアのジョモ・ケニヤッタ国際空港に着くやいなや、あわただしく飛び込んできた担当官の報告によって初めてこの緊急事態を知らされたのでした。
すぐにタンザニアへのフライトを手配したのですが、そこには大きな障害物がありました。
当時、ケニア、タンザニア両国は、国交断絶の状態にあり、隣国同士でも直行便がないという有様だったのです。
そのためにエチオピア・ザンビア経由でタンザニアに入る以外、方法はありません。日程を調べると一番早い便でも4日かかる有様でした。
そのためウィルソン空港にあるフライングドクターの基地に交渉し、タンザニア政府の許可を得てセスナ機でフライトすることにおおかたの意見がかたまりました。そのときでした。
「邦人死亡」という追伝が入ったのです。
ごく短い電文でしたが、手許にそろえたクロロキンの静脈注射液を見ながら、私の胸は激しく動悸しました。
それはアフリカで経験した初めての死亡事件だったのです。熱帯病の脅威が改めて感ぜられたものです。

先のマラリアによる死亡事件は、アフリカの中でもっともマラリアが猛威をふるっているタンザニアで発生したものでした。症状を判断すると、高熱が出て、黄疸が表れ、次第に意識がなくなってきたものです。発病してから死に至る経過はきわめて早く、約10日間でした。
この短い間に、マラリア原虫が赤血球に寄生し、赤血球を次々と破壊し、脳や腎の血管をつまらせたのです。
ここまで重症化したマラリアの合併症では、現地のベテランの医師も治すことは不可能です。マラリアの治療が2日、あるいは少なくとも1日早ければ、おそらく何の問題もなく治せたと考えられます。非常に残念なことでした。これは1つのおおきな事件をもいえるものです。

この大事件から4日もたたぬうちに、アフリカの内陸国マラウイで、またもや1人の日本人が亡くなりました。
マラウイからの電報によると、「発熱があり、黄疸が表れ、精神的錯乱をしたした。」とありますので、先のタンザニアの場合と、ほぼ同じ経過であることがわかります。
彼の場合、マラウイの奥地で発病、ことの重大さを察知した看護婦が付き添い、首都の病院に運ぶ途中に死亡したものです。
後日、この看護婦に会う機会がありましたが、彼女は、「マラリア」か、「劇症肝炎」か、または「得体の知れない熱帯病」か、大いに迷ったと言います。私は、この症状は「悪性マラリア」の典型例だと考えます。
この相次ぐ若者の死を重大視した関係者は、日本から感染症の専門家を派遣することに決め、後日、調査が開始されました。
私は、その結果を知りませんが、マラリア原虫の存在の有無が決め手といえます。
いずれにしろ、この2つの事件は、医師としての私に大きな衝撃を与えるとともに、マラリア予防のキャンペーンを行う決意を私に与えました。

マラウイはケニアから直行便で約2時間でいける小さな内陸国です。私はここに派遣されている日本からの若き技術者を対象に、マラリアに関する認識がどれくらいあるかを調べることにしました。
あらかじめ、マラリアに関するアンケートを準備し、各人に記入してもらう方法をとり、彼らの赴任している地域を見て回ることにしたのです。それが、最初に取り組んだ私のマラリア予防キャンペーンの作戦でした。
在ケニア日本国大使は、この私の作戦に快諾を下さり、いろいろと便宜を図ってくれたものです。
マラウイ国内では、JICA駐在員の案内する車で地方を回り、初日、マラウイ湖畔に一泊しました。
アフリカの湖は広大で、岸辺に打ち寄せる波は、まさに海の景観がありました。
しかし、美しい風景とは裏腹に、マラリアを媒介するハマダラカが、その夜、私を襲ってきたのです。

マラリアを媒介するハマダラカは、翅にマダラ斑があり、槍を突き刺したように斜めにとまります。
その姿は、まさに小悪魔の感じがします。
中国の古文書でも、マラリアを起こす3人の悪魔が描かれ、1人は「悪寒」を起こす桶をもち、他は「熱」を起こす暖炉を持っています。
これはハマダラカの病害が昔からよく知られ、かつ、いかに多くの犠牲者を出していたかを示す資料の一つと考えてもよさそうです。

ハマダラカは灌漑溝、泉、湧水、水溜まりの雨水など、比較的流れのない水場を好む習性があり、熱帯、亜熱帯地域では、海辺のマングローブの沼地に多発します。

私を襲ってきたハマダラカは、マラウイ湖周辺の沼地から飛び立ってきたものです。私はすぐに、日本製の蚊取り線香に火をつけました。この蚊取り線香の威力はすごいものです。
たちまち、元気に飛び回っていたハマダラカは姿を消してしまいます。
この蚊とり線香は、私がアフリカ諸国を旅するときに、聴診器と同じく必ず携帯する重要な必需品の1つです。

マラリア予防キャンペーンの作戦として、マラリアに関するアンケート調査を、マラウイ在住の日本人94人について行いました。
その関心度は極めて高く、87人の回答を得ましたが、そのうち何と36人、41.3%の人がマラリアに罹病した経験がありました。
この高い発病率は、驚きに値する数字です。

私はすぐに、日本のマラリア専門家に報告書を送りましたが、これを知った専門家は世界保健機構(WHO)にニュースとして流したものです。
このニュースが多くの関係者に衝撃を与えたことはいうまでもありません。

抗マラリア剤の服用歴とマラリア発病の関係は、多くの人が知りたい情報です。

この資料の分析では、
抗マラリア剤を服用していたもの
79人のうち発病者は32人(40.5%)でした。
ただし、定期的にきちんと服用していたものは
22人で、そのうち4人が発病していますから
実際の発病率は33.3%になります。

 服用した者  服用しなかった者
 対象者   79人(22人)  8人
 発病者   32人(4人)  4人
※()の数字は定期的にきちんと服用した者

抗マラリア剤を服用していなかったものは
8人でしたが、そのうち4人が発病していましたから、
発病率は50%になります。
ですから、抗マラリア剤を規則正しく服用したほうが、発病率は低いということになるわけです。
ただし、抗マラリア剤を正しく、規則的に服用しても、完全にはマラリアを防ぐことができないという点が、大きな問題として残ったのです。
ただし、この資料は、多くの日本人を海外に派遣している企業などでは、一種の啓蒙になったものと考えます。

マラリアに関する知識度の調査も併せ行いました。
15項目のマラリアに関する定説をあげ、それに対する知識の有無を調べたものですが、全問正解者は残念ながら1人もいませんでした。


ある日、マラリアの流行地域に赴任する青年を対象に、熱帯・亜熱帯地域での保健衛生教育を行ったことがあります。
マラリアの話を中心に熱帯病の総論と各論を説いたのですが、講義のあとの保健テストの解答を見て、がっかりしたものです。
というのは、「マラリアはハエで媒介されます」と答えている者がいたからです。さすがの私も激怒しました。

しかし、考えてみますと、日本の社会は大きく変わっています。
世界有数の経済力に支えられ、日本の衣食住の環境は大きく変化し、私が学生時代に病害生物として騒がれたノミ、シラミ、ハエ、蚊は、もはや都会では見られなくなったからです。
最近の大学入試に、ハエの形態を描かせたところ、足の数が違ったり、腹部から脚が出たり、目が1つしかなかったりで、正確に描けた受験生は少なかったといいますから、仕方のないことかもしれません。
いずれにしろ、いま病害生物に興味を示す日本人は少ないことは事実です。私は、このことがあってから、マラリアの恐ろしさとハマダラカの因果関係をしつこく話すことにしています。

前の話に戻りますが、アフリカの内陸国、マラウイでの調査は4泊5日と短いものでしたが、多くの教訓を得ましたので、当時の関係各位に深謝したいと思います。特に以下の点は問題です。

1. 予想以上にマラリアの罹病率が高い。
2. 正しい坑マラリア剤の服用方法が守られていない。
3. 坑マラリア剤の服用をしぶる傾向にある。
4. マラリアに関する知識が低く、たとえ知識があっても、

 マラリアの予防対策に生かされていない。
5. マラリアが生命にかかわる病気であることをあまり知らない。


などなどですが、これは今でも残されている重要な問題だと考えます。

この2、3年、多くの研究者が、マラリアに関する疫学調査を報告しています。なかでも、私の同僚がまとめた1984年度のマラリア罹病についての資料は貴重ですし、海外赴任者のあり方について多くの問題を含んでいると考えます。この資料では、マラウイの邦人は48人のうち32人が発病しています。

発病は66.7%の高さですから、私が調べた当時よりさらに悪いことがわかります。その他にタンザニア62.5%、ザンビア38.1%、フィリピン11.5%という実態でした。

このように、かなりの高さで、在外邦人がマラリア原虫の寄生を受けている実情が示されました。
この実情を正しく受けとめ、それなりの対策を立てなければなりません。
そのためには、海外赴任者の保健衛生教育の徹底化が必要と考えます。

日本に帰国しますと、海外での恐ろしい病気のことを忘れてしまいます。
高熱が出ても、風邪か感冒と考え、特に問題にしないようです。
マラリア流行地域が汚染地域からの帰国者は、必ずその旨、日本の医師に知らせる必要があります。

そうでないと、日本の医師も、「熱帯病」としてのマラリアなど念頭にありませんから、解熱剤を処方して終わりということにあるのです。

このように人命に関わるマラリアの恐ろしさは、それを意識しない人が発病したときに始まるわけです。 

私が外務省の厚生管理官診療室に勤務していたときに、アフリカのナイジェリアから2人の企業関係者が帰国しました。
1人は東京、もう1人は北海道の人でした。

2人は、日本に帰ってからほぼ同時期に高熱にみまわれ、悪寒も現れました。
東京の人は、私たちがボランティア活動をしている「海外医療を考える医師の会」(FAX:0465-75-1997 おおり医院)の医師に受診し、すぐにマラリアと診断を受け、直ちに適切な治療がなされ、なんの問題もなく助かりました。
ところが、北海道の人は、高熱のまま意識障害をきたし、その病気がマラリアを気がつく前に亡くなったのです。

これは、実に、残念な出来事でした。
これに似た事例はいくらでもあるのですが、このように惜しまれる死を少しでも減らすのが、私たち海外医療の経験を積んだ臨床医の役割と考えています。

このようなマラリアの持ち帰り例を、「輸入伝染病」とか、「国際伝染病」と言ったりします。
マラリア輸入の実情は、資料ごとにまちまちですが、
私の体験ですと、毎年70〜100人がマラリアを輸入し、
そのうち1〜4人が死亡していると考えています。
おそらく、ここ数年、この数字は変わっていないでしょう。
現在マラリアは、届出の義務があり、日本では「届出伝染病」として扱われています。

マラリアの輸入例は、もちろん、日本だけのものではありません。
歴史的に見ますと、ベトナム戦争時、アメリカは最大のマラリア輸入国で、当時、軍関係者を中心に4、500人以上が持ち帰ったとあります。
おそらくこの数字は、第2次世界対戦以降、世界最大の記録と考えます。現在でも、日本の2〜3倍の輸入例が見られ、うち10人前後は重篤化したり死亡しています。

最近の例として、タイの難民キャンプで活躍した医師の発病例を紹介しましょう。

彼は帰宅して8日目に40度を越える高熱にみまわれました。
頭痛と全身倦怠感が強く、すぐに彼はマラリアを疑い緊急入院。
検査の結果は、30%の赤血球がマラリア原虫に破壊されていることがわかり、ただちに全血輸血が開始され、キニン、ピリメサニン、サルファダイアシンの併用療法がなされ一命をとりとめました。
おそらく、半日も遅れていたら、先の例のように死亡していたに違いありません。

これは、アメリカの例でしたが、日本とて同じことです。このような輸入例を減らすための全国的規模のマラリア連絡網の設立が急務と思われます。

このシリーズを書いているうちに、私は、外務省の委託を受け、「海外邦人医療基金」のお手伝いをするため、砂漠の国、中東に出張しました。砂漠という言葉は、「うち捨てられた」という意味のラテン語から来たものだそうです。

その砂漠に石油が出、世界でも有数の大都市に成長したのが、今回出張した中東諸国です。クウェイトからバハレーン、サウディ・アラビア、アラブ首長国連邦の4ケ国を回りました。
目的は、在外邦人の医療の問題点を把握するためと、同時に、中東諸国の医療事情および疾病の事情を知るためでした。
3週間の短い出張でしたが、約500人の在外邦人と話す機会があり、いくつかの代表的な病院を視察することができました。

マラリアについていえば、中東諸国の在外邦人でマラリアにかかった人はわずかでした。
そのうち、興味深いことに、休暇でケニアのモンバサに出かけた人が、帰ってから高熱が現れ、心配のあまり病院で受診したところマラリア原虫が血中に認められたそうです。幸いにして、3日熱マラリアだったため、一命はとりとめたものの、予期せぬ熱帯病の存在に驚いたようです。先にも書きましたように、これも「輸入マラリア」の一例になります。

今回出張した中東諸国は、湾岸諸国とも呼ばれ、いずれもペルシャ湾に面しています。WHOの報告では、クウェイトにマラリアはないが、バハレーン、サウディ・アラビア、アラブ首長国連邦には季節を問わず年中流行していると警告していますし、都市にもマラリアの危険性が高いと指摘しています。
私は、このWHOの報告を現地の医師に確かめたところ、マラリアの流行地域は局地的なもので、大流行のおそれはありえないし、代表的な都市では心配ないという答えが返ってきました。果たしてどちらが正しいのでしょう。

クウェイトとバハレーンの保健省の資料では、マラリア患者の分析から、同国でのマラリアは土着のものでなく、すべて輸入例だといっています。
ただし、アラブ首長国連邦の資料では、北部の地域に土着のマラリアがあるそうですし、サウディ・アラビアとイエメンおよびオマーンの国境地域では常在しているといわれます。

中東の国の病因を左右する因子に、外国からの出稼ぎ組が持ち込む輸入伝染病があります。その代表がマラリアですが、主として、インド、バングラディッシュ、フィリピンから輸入しているのは事実です。
この輸入源を通じてハマダラカがマラリアを伝染していることは十分考えられます。 

このように、生物も住めないような砂漠の激しい暑さと乾燥の地域にもマラリアが存在するのです。油断は禁物です。

中東諸国(湾岸諸国)の出張を終え、ホッとしている時でした。
アフリカ在住の日本人がマラリアで死亡したという、またもや不幸な連絡が電話で入りました。
私は反射的に、タンザニアですかと尋ねたものです。
なぜなら、インド洋に面するタンザニアでは、「クロロキン耐性熱帯熱マラリア」が流行していて、坑マラリア剤の服用方法に大混乱を生じていたときだったからです。
死因は、いわずもがな、「熱帯熱マラリア」による急性死でした。

この青年は、2ケ月前にマラウイに入ったばかりの、いわばアフリカの新人でした。商都ブランタイヤ市での出来事なので、あるいは坑マラリア剤を服用していなかったかもしれません。
マラウイは、全域、マラリアの濃厚な汚染地域ですが、このブランタイヤをはじめ、首都のリロングウェなどの大都市に住む日本人は、蚊が少ないという理由で、ついつい坑マラリア剤の服用をしぶる傾向にあります。

前記に、マラウイでのマラリアに関するアンケート調査成績を説明しましたので、ぜひ、もう一度じっくりと読み返してみてください。
坑マラリア剤の服用率はきわめて低いのが現実です。

先月、アラブ首長国連邦のドバイで、ある企業の所長と会いましたが、その人は、かつてマラウイで港湾建設に従事した方でした。私は奇しくも彼と再会したわけですが、そのとき彼は「先生は、坑マラリア剤を服用するように言われたが、実際私は、服用したことがありませんでした。スミマセン」と言って笑ったものです。しかし、現実にマラリアによる死亡事件が発生すると、笑い話では済まないことになります。

私は、タンザニアの外科医、ジュマネ・マリア氏と留学先の広島大学で、「アフリカ医学の現況と最新アフリカ病対策」と題して対談したことがあります。
主催は毎日ライフ(毎日新聞社)でしたが、その中で彼は、
「アフリカでのマラリア撲滅は難しい、非常に難しい」と連発していました。
その理由はいろいろありましたが、中でも印象的だったのは以下の点です。
「アフリカは大陸です。日本のような島国ではありません。国と国との歩調もあわず、一国だけでマラリア撲滅作戦を展開しても意味がありません。マラリア媒介蚊は、白人が勝手に線引きした国境線など関係なく飛びまわります・・・・・。非常に金がかかることも問題です。正直言って、アフリカは食べることが精一杯で、とてもマラリア対策にとりくむお金はありません。」
これは正直な発言です。
アフリカに赴任する日本人は、この言葉を率直に受けとめ、それなりの自衛手段を考えなくてはいけません。

「わたし、KAMANTE GATURAは、彼女の料理人でした。」で始まる珍しい原書を私は持っています。黒人コック、カマンテの日記で、今から約60年前のケニアの世界が見事に描かれていて面白い。
160枚の絵と168枚の写真が当時の黒人の生活ぶりや、植民地時代の白人の世界を物語っていて、生々しい記録となっています。
この本は、"LONGING FOR DARKNESS"という題で、ピーター・ピアードが編集したものです。このカマンテがつかえたという女性が、実は先日、偶然見た映画「愛と哀しみの果て」の女主人公、カレンだったのです。

この映画の原作は、アイザック・ディネーセンというペンネームで、カレンが書いた自伝的小説"OUT OF AFRICA"です。
この映画に登場した黒人少年が、後にカレンのコックになったカマンテです。この映画は、ケニアやタンザニアが植民地時代だった頃のなまなましい記録映画を見る思いでした。
カレンが住んでいたゴングヒルは、私が外務省の医務官時代に住んでいたギタンガロードの借家から、そんなに遠くない丘陵地で、たびたび車で出かけたものでした。

映画の中で、カレンの夫の友人が、寒さに震えながら死亡しました。
BLACK WATER FEVER、つまり「黒水熱」という説明でしたが、これは当時の白人を怯えさせたもっとも危険なマラリアの末期症状でした。
黒水熱の症状は、赤血球が溢血し、尿が黒赤色に色づき、著しい貧血と悪液質で死亡する重篤なものです。
当時、キニーネで治療を行ったマラリア患者に見られたところから、一種のキニーネの対する過敏症という説もあります。
ともあれ、その当時キニーネが最良の坑マラリア剤だったのです。
その後、キニーネに代わる他の坑マラリア剤が登場してから、この黒水熱はほとんど見られなくなりました。

さて、最後にマラリアの予防法に入りましょう。
これまで何度か、マラリアによる不幸な例をあげましたが、それは、マラリアがいかに危険な熱帯病であるかを強調したかったのです。
私がアフリカ中を飛び回っていた1979年からすでに7年が経っていますが、依然としてマラリアは世界の広い地域、特に、アフリカに赴任あるいは短期でも滞在する日本人は、マラリアに対する備えが必要です。

まず、赴任地に合った坑マラリア剤を選ぶことから始めましょう。

一般には・・・・・・
クロロキンが坑マラリア剤の第1選択です。
流行地によって週1回あるいは2回服用します。
クロロキン耐性マラリアのある地域では、服用方法に工夫がいります。

最後に、実際に役立つマラリアの予防法を説くことにします。
正直なところ、マラリアに対する予防薬については、予防投与の是非を含め、学者の間でも定説はなく、今でも混乱しております。
しかし基本的には治療につながるクロロキン製剤が、マラリアに対する基本的予防薬です。

1. 出発前にマラリアの情報を得ること
マラリアの流行の有無を知ることが大事です。
同時にクロロキン耐性マラリアが存在しているかどうかを知ることも大切です。誤った情報も多いので、正しい情報を得るために、WHOの疫学週報や厚生省保健情報課の資料に目を通す必要があります。なお、都立駒込病院感染症科の専門医に尋ねるもの一つの方法です。
2. 坑マラリア剤の選択
坑マラリア剤の基本薬はクロロキンです。このクロロキンを上手に服用する必要があります。クロロキン耐性マラリアの流行地域では、クロロキン単剤ではなく、他剤との併用、あるいはクロロキンと別の薬剤を服用することが必要となります。他剤としてファンシダール、プログアニール、チンハオスー、メフロキン等があります。どれを選ぶかは、経験豊富な臨床医からのアドバイスを得ることです。
3. あらかじめ服用してみる
薬剤によっては発疹が表れたり、胃部不快感、軟便等の副作用が出る場合がありますので、赴任前に試しに服用してみることも必要です。胃弱な人では、食後すぐに服用する工夫がいります。サルファ剤過敏症のある人はファンシダールは禁忌です。
4. 原則として服用を途中でやめないこと
季節によって、例えば冬期か乾期には、坑マラリア剤を休薬する地域もありますが、原則として定期的に継続して服用することが必要です。流行地から、ヨーロッパなどの非汚染地域にたとえ短期に出張する場合でも、定期的に継続服用が原則となります。
5. マラリア流行地を離れても、4〜6週間は服用すること
一般に、マラリア流行地を離れても、その最後の日に寄生を受けた場合を考え、少なくとも4〜6週間は、継続して服用する必要があります。せっかく、赴任地できちんと服用していたのに、帰国してすっかりマラリアを忘れる人がいますので要注意です。
6. 坑マラリア剤ばかりに頼らないこと

以上、予防薬にふれましたが、米国防疫センター(CDC)なども指摘しているように、薬にばかりに頼らないことも必要です。
これまでも、いくども説明しましたが、要はマラリア原虫を有するハマダラカに刺されなければよいわけです。
ですから、窓に網戸をはったり、蚊帳を張ったり、蚊取り線香を使ったり、家の周囲に防虫対策をとったりし、日頃から防蚊に気を配る必要があります。

今日もまた、子供連れの海外赴任者の家族が成田空港を飛び立とうとしています。その姿を見るたびに、私は彼らが任務をまっとうし、健康で快適な海外生活を送り、楽しい思い出を持って、無事日本に帰られることを望むのです。


代表医:大利 昌久/医療サービススタッフ:サンタンブロージュ


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