ホーム特別寄稿 読売新聞
 海外へ出発する前に
 海外旅行の問題点
 海外赴任者の問題点
 海外で暮らすには
 海外医療の舞台裏
 話題の感染症
 SARSについて
 マラリアは最大の敵
 生物兵器
 特別寄稿読売新聞
 特別寄稿神奈川新聞
 患者さんに対して
 ドクター随筆
 現代日本の寄生虫症
 日本臨床内科医会
 日本渡航医学会NEW
 さえぐさ医院NEW
 アフリカ紀行展
 スマトラ沖地震救援

特別寄稿:遅れた日本の旅行医学 

出典:読売新聞より   海外邦人医療基金運営委員 大利 昌久

---------------------------------------------------------------
遅れた日本の「旅行医学」

 旅行などで海外に渡る日本人は、毎年1600万人を超えるようになってきた。これに伴い、海外で保護される日本人も急増、1998年に外務省の在外公館が扱った病気、傷害、事故などの援護者数は19,898人に達した。
 そのうち約480人が死亡し「無言の帰国」をしている。死因の内訳は、病死約200人(42%)、事故死約70人(15%)、自殺約40人(9%)などだった。

 外務省医務官の「医務官月報」によると、医療相談件数は毎年増加し、97年には302,000件になった。この「月報」は、79年に、各国大使館に勤務する医務官同士が手紙で情報を交換して作り始めた「医療情報誌」が基になった。今では、約70カ国に駐在する医務官が毎月扱った医療相談の内容を疾病統計分類に従って集計、「月報」にまとめている。海外の医療事情を知る貴重な資料であり、学ぶことは多い。

 この「月報」の分析から、「病死」のほとんどは、糖尿病、高血圧など「生活習慣病」の環境変化による悪化、それも日本から抱えて行った「持ち出し病」の悪化であることがわかる。自殺の中にも、「日本を出る時から変だった」と家族が証言する「持ち出し病」が含まれている。また、麻薬、レイプなどの異常体験も無視できない自殺の原因となっている。発病率は男性の方が女性より高く、60歳以上の高齢者に多い。

 旅行者が「持ち帰る」、いわゆる「輸入感染症」の実情も深刻だ。生水や魚介類から感染する感染性胃腸炎が最も多いが、エイズを含む性感染症もひそかに広がっている。これは、若者に限らない。
 最も危険なのは、ハマダラ蚊の吸血によって媒介される「マラリア」で、毎年70〜100人が発病、3〜5人が帰国後に死亡している。この危険な「熱帯病」を旅行者が知らないことが、最大の原因だが、「悪性マラリア」と診断できる医師が日本に少ないため治療が遅れること、希少医薬品の抗マラリア剤が簡単に手に入らないことなども、症状を悪化させる原因になっている。しかし、「サバンナの大自然」や「熱帯の秘境」を訪れることも簡単にできる時代である。マラリア感染は当然予想されることであり、出発前に予防教育をおこなうべきなのだ。 

 欧米では、「旅行医学」が市民権を得て、旅行者の「持ち出し病」「持ち帰り病」に対する相談や診療が「トラベルクリニック」で日常的におこなわれている。それに比べると、日本ははるかに遅れている。99年の「国際旅行医学会」(カナダ)に参加した医師1200人のうち、日本人は10人に満たなかった。これが日本の実情なのである。

 米国の疾病管理予防センター(CDC)は、「海外旅行健康案内」を毎年発行、「海外での健康上のリスク、必要な予防接種、健康を守るための対策」を助言している。世界保健機関(WHO)も、「旅行者の健康を害する恐れのある疾病などの地理的分布」を発表して警告している。しかし、日本の旅行者がこれらの冊子を眼にすることはほとんどない。

 私達は、97年に「海外渡航者の健康を考える会」を発足させた。当初は感染症が中心だったが、旅行者の多様化で登山、潜水医学なども視野に入れる必要が出てきた。「エコノミークラス症候群」のように、長時間の旅行に伴う航空医学の知識も欠かせない。また、難民キャンプや大規模災害への救援ボランティア、国際緊急援助隊員にも医学的アドバイスを求められるようになった。
 「旅行医学」は、単純な健康管理の枠を超え、予防医学、緊急医療なども対象にしなければならない時代である。欧米並みの「旅行医学」の確立が迫られている。 

代表医:大利 昌久/医療サービススタッフ:サンタンブロージュ


Copyright (C) 2005 Dr Oori.