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知られざる国内事情の舞台裏(2)

大利昌久
前 東京大学医科学研究所感染症内科
現 長崎大学熱帯医学研究所(非常勤講師)
海外邦人医療基金 (顧問)
出典:「神奈川県医師会」(2000年4月号より)


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■海外医療関係の情報源
 信頼しうる情報源を以下に示した。外務省の「医務官月報」以外は、インターネットで一部公開されている。
 1)外務省医務官月報(外務省)
   世界の126ヶ国に配置されている外務省医務官が、毎月、外務省に報告している資料。最新情報にあふれている。
 2)海外邦人医療基金
   ・世界各地に派遣する巡回医師団の現地の報告及び独自の調査による病院評価などの資料。
   ・基金運営のシンガポール、ジャカルタ、マニラ、大連などの現地医療情報。
 3)国際協力事業団
   JAICAの専門家、青年海外協力隊員らの現地報告による資料をもとに、「任国情報としてインターネットで流されている。
 4)海外勤務健康管理センター(労働福祉事業団)
   巡回医師団の情報をはじめ、毎年毎回、専門家かによる講演が行われている。
  5)感染症情報
   ・国立感染症研究所感染症情報センター
     海外感染症情報(厚生省、成田空港検疫所)
   ・WHOホームページ・CDCホームページ・マラリアネットワーク
  6)その他
   ・熱帯医学協会
   ・国際医療団
   ・子育てインフォ(母子衛生研究所)

■学会の動向
 日本で、海外医療関係を扱った学会はほとんどない。わずかに、熱帯医学会、産業医学会などで断片的に発表されるのが現実である。大きな学会では、1950年、口本小児科学会総会(大会長 辻芳郎前長崎大学教授)が、はじめて海外医療の問題点をシンポジウムで主催した。辻教授は、外務省の巡回医師団として諸外国を歴訪した経験があり、同伴する小児が多い在留邦人の現実を背景に、海外での小児医療のあり方に深刻な問題点を見いだしたからだと思われる。このシンポジウムのなかで、「発展途上国の医療問題」を発表し、問題提議をしたのが私の役割だった。もう10年も前のことだが、今でも解決していない同じ問題点が残っていて、重要と思われる(表1)

表1 在留邦人の医療問題
1.予防医学の問題
 ○予防接種の問題
 ○健康診断、人間ドックなど
 ○健康教育の問題(特に熱帯病の教育)
 ○海外保険の検討
2.治療医学の問題
 ○持ち出し病(慢性病の管理の問題)
 ○現地で発病する病気
 ○持ち帰り病(寄生虫症を含む輸入感染症など)
3.医療システムの問題
 ○一般医療
 ○緊急医療(海外移送企画・広域医療団)
発展途上国の医療問題(日本小児科学会総会)より

  なお、「海外渡航者の健康を考える会」では、毎年、関東と関西で学会に準ずるシンポジウムを開催しており、有意義な情報を提供している。海外派遣者のいる企業の産業医の先生方に、参加を促したい。

■外務省医務官制度
 戦前、満州に入植した開拓民の間で「不明熱」が流行。この原因究明のために外務省が医師を派遣した。これが、医務官制度の発想の原点になったらしい。
 外務省医務官は、「不健康地に勤務する在外公館の職員と、その家族の健康管理を主たる業務」としている。しかし、在留邦人の健康問題にも当然のことながら、取り組なねばならない。医務官制度が施行された初期、1973年にナイジェリアのラゴスに派遣された正木繁博(後に開業)は、外務省医務官の中でも多くの業績を残された偉人である。博士は、ナイジェリアを基地にアフリカ全域を東奔西走し、当時43カ国の独立国のうち、なんと34カ国も歴訪している。そして、1974年「アフリカ旅行」、赴任への手引き(熱帯医学協会)なる本を出版された。その他にも、多くの医務官の中から海外医療の実績を残した先陣が数人いる。なかでも、戸出二郎博士(後に外務省診療所長)、渋谷朗郎博士(後に帝京大学教授)らの報告資料は、正木繁博士と同じく、海外医療の教本になりうるものである。
 私が東アフリカで比較的自由に活動出来たのは、彼等先任の基礎づくりがあったからだと思う。
 1979年当時、ケニアを基地にエチオピア、タンザニア、ウガンダ、マラウイ、ザンビア、南アフリカ共和国、セイセルズ、マダガスカル、後に独立したジンバブエを巡回し、在外公館の職員ばかりでなく、在留邦人の医療にも積極的に関わった。そして、多くの重病者の治療に困り、現地医療の開拓を行うと同時に、アフリカから西欧への緊急脱出のガイドラインづくりのため、イギリス、フランス、イタリアに何度か飛んだ。この緊急医療対策のため、西欧のどこかに医務官を派遣する必要を在ケニア日本大使館を通じ外務省厚生管理官に何度かお願いした。3〜4年後、この案が認められ、本省に戻っていた私に、在仏日本国大使館付初代医務官の辞令が来た。しかし、私は当時の外務省診療所所長にその席を譲り、外務省を去ったのである。 なぜ?それは、いろいろありました・・・・。
 さて、このように外務省が誇る医務官制度だが、残念なことに、帰国すると、海外医療を展開できる医務官は数少ない、たいてい超多忙な日本の医療界に埋没してしまい、その業績すら評価されない。国家的な人材の損失とは、まさにこの事である。この傾向は、今もって変わっていない。 表2に、医務官が常駐する国(都市)を示した。

表2 医務官配置公館
公館名
所在地
公館名
所在地
インド
ニュー・デリー
ルーマニア
ブカレスト
インドネシア
ジャカルタ
週合王国
ロンドン
ヴィエトナム
ハノイ
ロシア
モスクワ
カンボディア
ブノンペン
ウラジオストク
ウラジオストク
スリ・ランカ
コロンボ
パプア・ニューギニア
ポート・モレスビー
タイ
バンコック
フィジー
スヴァ
中国人民共和国
北京
アラブ首長国連邦
アブ・ダビー
ネパール
カトマンドゥ
イエメン
サナ
パキスタン
イスラマバード
イラン
テヘラン
カラチ
カラチ
クウェイト
クウェイト
バングラデシュ
ダッカ
サウディ・アラビア
リアド
フィリッピン
マニラ
ジョルダン
アンマン
ミャンマー
ヤンコン
トルコ
アンカラ
モンゴル
ウランバートル
レバノン
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アディス・アペバ
ニューヨーク
ニューヨーク
ガーナ
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