ホーム海外医療の舞台裏知られざる国内事情の舞台裏(1)はじめに
 海外へ出発する前に
 海外旅行の問題点
 海外赴任者の問題点
 海外で暮らすには
 海外医療の舞台裏
 話題の感染症
 SARSについて
 マラリアは最大の敵
 生物兵器
 特別寄稿読売新聞
 特別寄稿神奈川新聞
 患者さんに対して
 ドクター随筆
 現代日本の寄生虫症
 日本臨床内科医会
 日本渡航医学会NEW
 さえぐさ医院NEW
 アフリカ紀行展
 スマトラ沖地震救援


知られざる国内事情の舞台裏(1)

大利昌久
前 東京大学医科学研究所感染症内科
現 長崎大学熱帯医学研究所(非常勤講師)
海外邦人医療基金 (顧問)
出典:「神奈川県医師会」(2000年3月号より)


--------------------------------------------------------------

はじめに
パスポートを携えて海外に渡る日本人は、今や年間1、600万人を越えるようになった。
しかも世界に在留する日本人は100万人近くになっているなかでも、技術を持った企業関係者は、約40万人と推定されており、中都市の住民がそっくり移住したに等しい数である。今では、欧米諸国ばかりでなく、東南アジア、中近東、アフリカ、中南米などの発展途上国に赴任するビジネスマンが増えている。
海外で生活する日本人にとって、言葉の問題、情報伝達の方法、医療衛生水準の違いなど、解決できない問題が山積みしている。本シリーズでは、海外医療をいくつかのジャンルに分類してまとめてみた。

 悲しい事実
 多くの日本人が海外に赴任するが、海外で死亡する無言の「帰国者」も後をたたない。毎年400人以上が、不慮の事故や医学的に予防可能だと思われる「惜しまれる死」で帰ってくる。外務省の医務官の多くが、海外での邦人死亡にたちあっている。私自身、3年間のアフリカ在勤中、「14人の死」にたちあってきた。死因はマラリア、脳血管障害、心筋炎、急性心停止(恐らく心筋
梗塞)、急性膵臓壊死、肝硬変(食堂静脈瘤破裂)、交通事故、傷害事件などである。死因を分析すれば「不慮の死」もあれば、「惜しまれる死」もある。マラリアで4人を失ったが、マラリアの知識さえあれば、なんとか死を免れた例だと考えられる。
その他、手術や輸血を必要とした緊急例は20人は越え、航空機を利用しヨーロッパや日本に移送した人も8人にのぼる。海外医療の最前線は、まさに野戦病院そのものであった。これらの「惜しまれる死」を、可能な限り減らすのが、私など海外での医療経験をした医師の責任だと思っている。
 東京大学医科学研究所で「熱帯医学専門医」の資格を得、その実践をおこなうべく外務省に入省。アフリカ大陸で海外医療の実践をはじめ、中近東、アジアなど熱帯、亜熱帯地域をターゲットに働いた。約8年間外務省に奉職し、国際協力事業団青年海外協力隊の顧問医なども経験し、20年が経つ。今では「ボランティア」で海外医療を展開している。
 えっ、ボランティア?・・・。そう、海外医療を戦略として採用している大企業の産業医は別。今の日本では、私のような開業医の立場では、海外に出張したり、海外医療の講演をするには、多くの犠牲を払うことになる。情報はタダだと思っている日本人の意識が変0医療門医は苦労することが多い。
 海外医療の実践と舞台裏
 海外医療の専門医を育てているところは、皮肉なことに外務省しかないと思う。現在、外務省の医務官が64ヶ国で活躍している。熱帯、亜熱帯地域の国々だけでなく、米国、西欧、北欧にも赴任している。彼等は、産業医であり、海外医療の実践医でもある。私は1979年から3年間、外務省の医務官として在ケニア日本人大使館に勤務した。現地でマラリアの驚異を体験したし、危
険な熱帯のウィルス病(マールブルグ病)にも出会った。多くの日本人の病気も診、若い日本青年のマラリアによる死にも立ち会った。帰国して外務省本省の健康管理室で、省員の海外赴任前教育、帰国後の健康管理にも従事した。
 今の日本には、「海外医療」を大学の講座に組み入れているところは残念ながらない。それに近い講座として、「熱帯医学研修コース」がある。もともとは、熱帯病の知識と経験が必要だということで1974年、佐々木博士(東大名誉教授)らの努力で東京大学医科学研究所に初めて開設された。25年間約500人の研修生を世に送り出したが、その活躍の場は狭く、世間に余り知られないままに、1999年で閉講。あとからスタートした長崎大学医学部熱帯医学研究所(現・五十嵐章所長)が、我が国唯一の熱帯医学研修教育機関として残った。この貴重な研修コースには今後、基礎教育ばかりでなく、臨床熱帯医学教育も大幅に取り入れた方が良いと思われる。例えば、マラリアを正しく診断し、治療しうる医師を養成する必要があると考える。
 1997年、長年の念願だった「海外渡航者の健康を考える会」(会長 橋本博・前大阪市立桃山病院委員長)というのが発足した。関東では、労働福祉事業団海外勤務健康管理センター(新横浜)の浜田篤朗先生が中心になっている。思えば、在ケニア日本国大使館から戻った私は、外務省時代に「海外医療を考える医師の会」を発足させた。1983年のことだが、当時の精鋭部隊(?)は、東大医科学研究所の田辺清勝先生、国立中野病院の楠本一生先生ら5人だった。3年間ほど私財を投じて頑張ったが、田辺先生は鹿児島大学に、楠本先生は国立感染症研究所に移られ、私は開業したので、残念なことにこの会は自然消滅となった。しかし、14年経った今、組織的な「海外渡航者の健康を考える医師の会」が発足し、感無量である。
 外務省時代に支援し、協力したのが、「海外邦人医療促進協会」である。勿論、経団連、経済5団体らの熱烈な要望があった。
外務省、厚生省、労働省三省の協力も得て、公益法人「海外邦人医療基金」として1978年にスタートした。この基金のお手伝いをすることで、私の海外医療に関する仕事が飛躍的に増え発足当初は、アフリカ、中近東を専門的に担当。最近では集中的にアジア地域に出張している。

 情報源
 1999年6月、カナダのモントリオールで「旅行医学区会」が開催された。世界中から2,000人を越える医学者が集まり、私も参加、貴重な情報源を得た、マラリアに関する予防投与、治療について、クロロキン、プログアニール合剤が有効であるという資料を得た。日本からも、長崎大学、滋恵医大など著名な医学者が参加していて、夕食を囲みながらお互いの情報交換も行った。
これらの学会はホットで、貴重な情報源となる。残念ながら未だ、日本で開催されたことがない。 インターネットでの情報収集も容易になった。しかし、この信頼性については、自分なりに裏付けを行わなければならない。私の情報源は、外務省医務官、国際協力事業団、海外邦人医療基金などの現場からの報告がベースになっている。又、私自身この数年間、中国(南部、中部)、マレーシア、シンガポール、インドネシアなどで現地調査を行った。
 海外医療事情の調査には、膨大な軍資金と時間が必要なので、なかなか容易なことではない。


代表医:大利 昌久/医療サービススタッフ:サンタンブロージュ


Copyright (C) 2005 Dr Oori.